ワークライフバランス、誰のため?
新たな待遇格差も
不公平感の是正課題に
企業にとって両立支援は今や欠かせない人事施策だ。だがワークライフバランス(仕事と私生活の調和)の考え方が広まるにつれ、恩恵を受けられない未婚者や子どもがいない社員から不満の声もあがり始めた。にわかに浮上する待遇格差に解決策はあるのか。
「育児以外の生き方はサポートされないの?」。
千趣会(ベルメゾン)
人事部の稲熊圭さんが社内の女性からたびたび耳にしてきた言葉だ。二〇〇五年、次世代育成支援対策推進法(次世代法)をきっかけに育児支援制度を拡充した。支援を喜ぶ声はもちろん大きかったが、社内調査を通じ分かったのは「『未婚や子どものいない社員の多様なライフスタイルを支援してほしい』という意見も多いこと」だという。
「子育てコースに乗らない人の肩身が狭くなってはいけない」。女性活用のための社内組織「ハナメゾン」を同年設立した際、そんな趣旨を活動目的のひとつに据えた。ハナメゾンが作成する社内ホームページでは仕事と子育てを両立している社員だけでなく、仕事の傍ら税理士の資格を取得した社員を紹介するなど社外での生活も紹介している。「私生活の充実を仕事とつなげるきっかけになれば」という狙いだ。
「育児休業中の社員の代わりをどうする」「転勤を望まない社員の処遇は」――。両立支援で企業はひとりひとりの働き方に見合ったきめ細かな対応を求められる。日本経済新聞社が〇五年から毎年実施している企業調査でも「労務管理が煩雑になる」とする企業は六割を超えている。
「運用は一筋縄ではいかない」と、あるメーカーの人事担当者はため息をつく。育休を取った女性社員の仕事を派遣社員で代替できず、周囲の社員がカバーした。すると「通常業務以上の頑張りを評価してほしい」との要望が出たという。関係者内で議論が巻き起こったが、結局評価は据え置きになった。
ただ調査によると両立支援の取り組みは「生産性の向上につながる」とした企業も八八・五%。メリットを見いだし、社員が不公平に感じないよう賃金体系や人員配置に関して解決策を探る企業が増えている。
例えば日清製粉グループ本社。四月から定期異動や長距離出張を最長五年間免除する代わり、賃金を二割減らす制度を始めた。減額するのは月給と賞与。未就学児を持つ営業職を意識した制度で「転勤があると育児と両立できない人が出てくると考え、布石を打った」と人事部長の浅見登美夫さん。
昨年、短時間勤務制度を導入した日本ユニシスは、扶養手当や賞与は変わらないが、基本給の部分を時間給計算とした。「短時間で働いても通常勤務と変わらない給与を得たら、かえって周りに遠慮してしまうのではないか」と人事部人事室グループマネージャーの石塚隆記さんは説明する。
日本IBMは〇四年から始めた短時間勤務制度で週三日勤務を選択した場合、基本給や賞与などすべてを含めた賃金を通常勤務の五割の水準と定めている。
女性活用の動きにも変化が表れている。「これは男性にも必要じゃないの」。今年四月「女性活躍推進室」を「ダイバーシティ推進室」に名称変更した帝人グループ。二年前まで実施していた女性幹部育成プログラムの内容を見て、男性社員がこう感想を漏らした。
「女性を支援するだけではなく、全社員の働き方の見直しこそ課題だと思った」。女性のみを対象とした活動に歯がゆさを感じていたという同室長の黒瀬友佳子さんは、名称変更の背景をこう説明する。
少子化対策をきっかけに登場した次世代法。子育てを社会全体で支えるには企業の力は欠かせない。しかし、多様な生き方が定着しつつあるなか、企業の両立支援は育児にとどまらない、より幅広い目的に変化しつつある。
勤労意欲を高める効果
佐藤博樹・東京大学教授の話
ワークライフバランスが実現できる職場とは、働く人が仕事上の責任を果たすとともに、仕事以外でやりたいことや、やらなければならないことに取り組める状態のことをいう。
価値観が多様化し、仕事に投入できる時間に制約がある社員が増加してきた。今や企業は、育児や介護、自己啓発など社員が希望するライフスタイルを可能とする働き方を提供できなくては、勤労意欲を高い水準に維持できない。
議論はここ一年で盛んになった。時間の制約を意識させ、効率的な働き方を社員に促し、仕事に優先順位をつけたり無駄な仕事を省いたりして生産効率を上げた職場は多い。
少子化に歯止めがかかったとしても、社員がワークライフバランスを求める限り、働き方の見直しや子育てに参加しやすい職場環境の整備が一層必要となる。それは一時的なコスト増をもたらすかもしれない。しかし、結果として高い勤労意欲を引き出し、企業の競争力のカギを握るはずだ。