製品サポートや通信販売などで顧客との最前線に立つのがコールセンター。ここから上がる生の情報を経営に生かすことは多くの経営者が当たり前のように考えている。だが、その足元が脆弱な基盤の上に成り立っているとしたら、どう考えるだろうか。
「プロの専門的な仕事と思っているが、世間はそう見てくれていない」。東京海上日動コミュニケーションズの執行役員、田口浩氏は嘆く。同社は東京海上日動火災保険の保険代理店向けのコールセンターを運営している。田口氏は、この業界に18年にわたって身を置く業界の古参である。
消費者からの様々な問い合わせを受けるコールセンター。多くの人々が抱く業務の印象は単なる電話の受け答えかもしれない。だが、現実は違う。その業務は複雑かつ高度なものになっている。
東京海上日動コミュニケーションズの場合、問い合わせてくるのは、主に顧客に保険を販売する代理店である。東京海上日動グループには「代理店オンラインシステム」という情報システムがあり、約6万店の代理店がこのシステムを活用している。
保険料の試算や契約書の作成、既存契約の照会など、代理店はこのシステムを使いこなす必要がある。ただ、代理店には自動車ディーラーや修理工場なども多く、必ずしもIT(情報技術)に精通しているとは限らない。自動車保険や火災保険、生命保険がパッケージになった「超保険」のように、商品内容も複雑になっている。
専用ソフトをうまく操作できない、パンフレットの印刷ができない、商品内容が分からない――。代理店から寄せられる様々な問い合わせに、同社のオペレーターは素早く、適切に回答しなければならない。「(東京海上日動火災の)社員が問い合わせて来ることもある。社員や代理店以上に、保険の知識を持っていなければ勤まらない」と田口執行役員は語る。
この会社には当てはまらないが、商品の販売や契約業務、顧客の財産相談などコールセンターの役割は広がる一方。それとともに、商品知識やコミュニケーション力、問題解決力、コンプライアンス(法令順守)の理解など総合的な能力がオペレーターには求められている。
それだけ業務内容が高度化しているにもかかわらず、一般的にオペレーターの地位は高いとは言えない。産業としても軽く見られているのが現実だろう。「誰にでもできる仕事ではない。このままでは、人材が集まらなくなってしまう」。田口執行役員は表情を曇らせる。
身近な存在も、就業数は不明
確かに、コールセンター業界には魅力がない。
コールセンターの国際的な認証規格「COPC-2000」の日本での認証、コンサルティングを手がけているプロシード(東京都新宿区、山田芳幸社長)によれば、コールセンター業界の退職率は年30〜35%に上るという。COPC-2000は世界50カ国、1000カ所を超えるコールセンターが導入している認証規格である。
この30〜35%という数字は、同社に認証や監査を依頼してくる企業だけのデータに過ぎない。わざわざ監査を依頼してくるのは意識の高い企業だろう。「業界全体で見れば、さらに退職率は上がるのではないか」とプロシードの取締役を務める西野弘氏は言う。
人材の入れ替わりが激しい理由の1つには、仕事のきつさがある。顔の見えない相手に説明していくのは神経と頭を使う作業。生やさしいことではなく、ストレスもたまる。それだけきつい仕事なのに、業界全体で広く通用する資格がほとんどなく、明確なキャリアパスも見えない。多くの産業で人手不足が叫ばれる現状。コールセンター業界はその影響を受けている。
コールセンター業界が産業として認知されていないことも、業界の地盤沈下に少なからず影響を与えている。
実はこの業界、就業者数からして判然としない。米国や英国の労働力人口とコールセンター業界の就業者数から類推して、70万〜100万人と言われているが、正確な統計はどこにもない。それに、様々な業界で活用されているため、一元的にカバーしている官庁や業界団体も存在しないのが現実だ。
「警察官は約29万人、小中学校の教員で62万人、医師と看護師を合わせて約110万人。こういったデータと比べても、コールセンター業界の規模が分かる。それなのに、統計や資格制度はほとんどない。産業として認知されていない証拠」とプロシードの西野氏は指摘する。
銀行や証券、保険は言うまでもなく、製造業やサービス業など、コールセンターを使っていない企業を探す方が難しい。それだけ、企業経営にとって欠かせない社会インフラとなっている。だが、そのインフラを支える人材にはあまり目が向いていない。
人材不足と育成。これは日本に限った話ではない。
「製造業を例に取ると、社内にもいろいろな教育制度がある。業界団体もあり、スキルや経験、知識を身につける仕組みが整備されている。しかし、コールセンター業界はそういったものが整備されていない。スキルを持った優秀な人材の育成や輩出は世界的な課題」。米COPCのアルトン・マーチンCEO(最高経営責任者)は言う
東京海上はオペレーターを正社員に
こうした現状を受けて、一部の企業はオペレーターやそれを管理するマネジャーの育成と登用に目を向けている。冒頭の東京海上日動コミュニケーションズは2005年4月にオペレーターの正社員登用制度を導入した。同社のオペレーターのほとんどは契約社員だが、年2回の試験に通れば、正社員への道が開かれる。
ここのコールセンターでは、10〜12人のオペレーターが1チームを組み、それを2人の正社員が管理している。そして、その社員の上に3つほどのチームを管理するリーダーがおり、さらにその上に、5〜6人のリーダーを抱えるスーパーバイザーがいるという構造である。
その中で、業務知識とリーダーシップのある人を社員に登用していく。その評価も通話の品質が第一、次に勤怠状況や残業対応などの貢献度、そしてチームワークという順番である。受けた電話の本数や時間などを示す生産性のウエートが最も低い。
コールセンターの正社員は約150人だが、そのうち60人はオペレーターから登用された。リーダーまで昇格した人は10人を超える。「新規に採用し、一人前に育てるまでには1年近くかかる。将来のマネジャー候補として、経験を積んだ内部の人材を引き上げる方が効率的」と田口氏。現状の退職率は業界平均を下回る20%。正社員への登用を目当てに応募する人も増えたという。
顧客の声に耳を傾けることの重要性が認識されるにつれて、コールセンターをコストセンターではなく、戦略的拠点と捉える経営者は増えている。だが、経営者の要求に応えるためには、それだけ高度な人材が必要。産業としての魅力を高めていかなければ、インフラを支える人材が劣化してしまう。
コールセンターの産業集積地を目指す沖縄県では、オペレーターやマネジャーに対する独自の資格制度を作るプロジェクトが進行している。資格制度の構築だけでなく、コールセンターの業務を専門学校のカリキュラムに加えることも検討している。
コストを下げながら効率的に運営していく――。相反する課題を解決するためには理論やノウハウが必要。それを、コールセンター業界を目指す人々に教えるためだ。カリキュラム化することで、コールセンター業界への就職を希望する人を増やすという狙いもある。
英国やオーストラリアはオペレーターやマネジャーの国家資格がある。共通の資格を作り、キャリアパスを見せることで、雇用を促進し、産業の裾野を広げようとしているのだろう。資格がすべてではないが、産業としての魅力を高める努力が、国や業界には必要なのではないだろうか。
「人材の採用や育成は世界的な課題」
米認証機関COPC社 アルトン・マーチンCEOが語る
人手不足が鮮明になる中、国内ではコールセンターの人材育成やキャリアパスの構築が喫緊の課題となりつつある。これは、日本だけの話ではない。世界50カ国、100カ所以上のコールセンターで活用されている国際的な認証規格「COPC-2000」。この規格を定める米COPCのアルトン・マーチンCEOが、海外でのコールセンター業界の現状を語った。
ご存じの通り、会社にとってコールセンターの重要性は増してきています。お客さんとの接点というだけでなく、新しいお客さんの獲得、既存の顧客の継続的なサポートでもコールセンターは欠かせなくなっています。しかも、最近では定型的な、繰り返しのものほどウェブや個人に取り込まれている。
旅行業で言うと、チケットの購入や予約は個人がウェブサイトでできてしまう。ところが、問題が発生した、何かを変えなければならない、といった複雑なことになると、人の手を介さなければならない。問題が起きて初めて、コールセンターにアクセスするわけです。このように、処理しなければならない案件はより複雑になっている。
そうした現状にもかかわらず、人材の確保や育成という面ではこの業界は成熟しているとは言えません。製造業を例に取ると、社内にもいろいろな教育制度がある。業界団体もあり、スキルや経験、知識を身につける仕組みが整備されている。しかし、コールセンター業界はそういったものが整備されていません。スキルをきっちり身につけた人材の育成はまだ途上です。
私が申し上げていることは、世界的な問題です。米国や日本だけでなく、コールセンター業界が急激に成長している中国でも同じこと。スキルを持った優秀な人材の育成や輩出は世界的な課題になっています。これは、業界そのものに魅力がないことに加えて、育成機能が不足していることが原因でしょう。
米国の企業では、コールセンターがエントリーポイントになってしまっているところが多い。これはつまり、オペレーターとして入社しても、経験を積むと、ほかの部署に移ってしまうということです。エキサイティングな仕事と思われていないためでしょう。
LLビーンは効率性より顧客満足を重視
もちろん、例外もありました。アウトドア用品専門店のLLビーンなどのカタログ通販にとって、顧客との接点はコールセンターだけ。売り上げの拡大に直結するため、会社の中での重要度が相対的に高い。とはいえ、コールセンターをコストセンターと捉えている企業は相変わらず多い。
業界や業務に魅力がありませんから、結果として、高い退職率につながる。私たちが見ている世界的な平均では、60〜70%の回転率でしょうか。1年で1回転してしまうのが100%。つまり、30〜40%が入れ替わるという状況です。1週間に10%の従業員が替わる酷いところもありましたよ。
やっぱり退職が多いと、新しい採用をしたり、研修をしたり、人員をカバーするのにものすごくコストがかかります。それに、コールセンターの対応一つで顧客満足度に大きな差が出る。だからこそ、人材育成やキャリアパスの構築は重要な問題なのです。
もっとも、一部の企業はそのことに気づき、考え方を変え始めています。
先ほど名前を挙げたLLビーンは、1件1件の処理時間にあまり注目していません。多くの企業は電話を受けた本数や通話時間などを重視していますが、LLビーンは製品知識をつけるための研修に力を入れている。顧客を満足させるところに注目しているんですね。
業界イメージは改善の兆し
米国の海難救助の団体、USLAの場合、新入社員が入門の仕事としてコールセンターに配属されるのではなく、ほかの部署で経験を積んで初めて、コールセンターに行けるというキャリアパスにしています。顧客と直接対応している部門が重要と強く認識しているからでしょう。
また、(バービー人形で有名な)マテルはオペレーターにかなりの権限を委譲している。例えば、顧客の手元にある商品に不具合があった時、オペレーターの判断で新品を送り直せる。上司に確認するのではなく、オペレーター自身に権限があり、顧客のためになると思えば、自分の判断で実行できる。
そして、
ランズエンドというカタログ通販の会社の例ですが、この会社はマネジャーに対して、「一人ひとりのオペレーターに、『つながりやすさが何%になった』とかいう話はするな」と教えています。オペレーターはつながりやすさを改善することはできないわけですから、心配しなくてもいいと。あなたがやる仕事は、受話器の先の顧客を満足させること。そのことに注力してくださいと言っている。
やり方は各社、様々でしょうが、顧客のためになること、顧客の喜ぶことにフォーカスしていることは確かでしょう。こういう会社は、経営陣がコールセンターに非常に着目している。顧客の立場でサービスをしているというのが共通点です。
コールセンター業界は、最低賃金で働いていて、肉体労働で、魅力がないというイメージが強く残っていました。ただ、LLビーンやUSLAなどのように人材育成やキャリアパス、待遇改善などに取り組む企業が出始めたこと、仕事の複雑さが格段に上がり、単純労働ではないという認識が広がったこと――。これらの結果として、少しずつ業界のイメージが変わってきているように思います。
COPCについて
コールセンターの国際規格「COPC-2000」を定める米COPCのCEO。「COPC-2000」は世界50カ国、1000カ所以上のコールセンターで活用されている認証規格。サービスの早さや精度、コスト、顧客満足度などをチェックし、改善のためのコンサルティングを行う。コールセンターの品質向上とコスト削減がその目的。